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「京都ぎらい」 [Book - Public]

 洛外に生まれ育った”京都人”による、新たな京都論にして、日本文化論。 

「京都ぎらい」 井上章一著(朝日新書刊) 

◆内容紹介
「ぶぶ漬け」の話は出てきませんが……千年の古都のいやらしさ、全部書く
「ええか君、嵯峨は京都とちがうんやで……」
 さげすまれてきた「洛外人」が、京都人のえらそうな腹のうちを“暴露”

 あなたが旅情を覚える古都のたたずまいに、じっと目を凝らせば……。気づいていながら誰もあえて書こうとしなかった数々の事実によって、京都人のおそろしい一面が鮮やかに浮かんでくるにちがいない。洛外に生まれ育った著者だから表現しうる京都の街によどむ底知れぬ沼気(しょうき)。洛中千年の「花」「毒」を見定める新・京都論である。

 昨日(2/10)発表された「新書大賞2016」(中央公論新社主催)で、大賞を受賞した本書。 昨年9月に刊行されて話題になっていたのを見かけ、11月頃に書店で手に取った時には4刷になっていたが、現在で9刷、10万部を突破しているのだとか。
 これも感想を書きかけのまま[下書き保存]になっていたものだったので、これを機会にUpしてみる。

 私事、昨年9月末に仕事で京都に出向いたことがあった。
 今回は初めて嵐山、嵯峨野方面へ行ったのだが、タイトなスケジュール故観光する時間はほとんど取れなかったが、それでも仕事先の方の運転する車で移動しながら、旧き佳き景観の残る嵯峨野の案内をしてもらうことができた。
 関東の人間からすれば、嵐山も嵯峨も釈迦堂も、それに太秦だって同じ”京都市内”であり、宇治ですら京都(宇治市は京都の南)でしょうに……という認識なのだが、本書によればそれは大きな勘違いらしい。
 右京区の花園に生まれ、嵯峨で育ち、現在は宇治在住の著者。行政上の区分(右京区は京都市)から言っても、またこちらの勝手なイメージからしても「京都市出身」の「京都人」と呼んで何の差支えもないと思いきや―

 だが、京都の街中、洛中とよばれるところでくらす人々なら、すぐに了解するだろう。井上は嵯峨そだちだったのか、京都の人じゃあなかったんだな、と。
 行政上、京都市にはいっていても、洛中の人々からは、京都と見做されない地域がある。街をとりまく周辺部、いわゆる洛外の地は、京都あつかいをされてこなかった。私をはぐくんでくれた嵯峨も、京都をかこむ西郊に位置している。ひらたく言えば、田舎だとされてきた地域のひとつなのである。
 自分は京都市に生まれそだったと、私は屈託なく言いきることができない。(p15)

……というのである。
 著者が本書を著すきっかけともなった、プロレス会場での一幕(京都市内での興行において、宇治出身の悪役レスラーが「京都へ凱旋した」意のマイクアピールをしたところ、「宇治のくせに、京都というな」といった罵声が飛んだこと)や、洛内に住む適齢期をやや過ぎた未婚女性が、とうとう山科の男性から縁談があったとこぼすエピソード(つまり経済的条件ではなく、地理的条件が落ちたと嘆いている)など、洛中人の洛外に対する優越意識、”京都人の中華思想”を綴っている。この、山科から縁談があった、もうかんにんしてやと嘆く女性に対して、「山科の何があかんのですか」と問いただす著者に、

―そやかて、山科なんかいったら、東山が西のほうに見えてしまうやないの(p29)

との彼女の答えは、そこまで明確に彼我の位置付けを意識するのか、といささか引いてしまうのだが。
 と思うと、著者は返す刀で京都―洛中の人間を付け上がらせたのは、観光やグルメ特集で京都をもてはやす東京のメディア人であるとし、さらに京都をありがたがらない大阪のメディアを褒める。

―統計的には語れないが、私の実感でも、京都をみくびる度合いは、大阪がいちばん強い。(p40) 

 そして章末、著者は嵯峨や宇治よりもさらに外縁部の亀岡、城陽に対する優越感を吐露する。洛中の人間から受けた偏見や嘲りのようなもの―差別意識を、今度はさらに外側の地に対して向ける側となっていた、というのである。そして、その原因は、

―私が亀岡や城陽を低く見るのは、京都の近くでくらしつづけたせいである。いつのまにか、京都人たちの中華思想に、汚染されてしまった。その華夷秩序を、反発はしながらもうけいれるにいたっている。
 その一点で、私は自分にも京都をにくむ権利があると、考える。私をみょうな差別者にしてしまったのは、京都である。
(p43-44) 

と捻くれたユーモアとも皮肉ともとれる言葉を述べている。
 このような内容が「一 洛外に生きる」であるが、続く「二 お坊さんと舞子さん」では、現在の京都の花街を支えている(顧客として)のは往年の呉服商や映画、芸能関係ではなく僧侶である―と記し、「三 仏教のある側面」では、古都税の一件を採り上げて、京都の寺社とカネについて触れている。
「四 歴史のなかから、見えること」は、京都の地から見た明治維新に始まり、江戸幕府と京都の関係性、五山の送り火、さらに”銀座”の原点など、歴史的な側面からの記述となる。これら二~四章は、少々趣の異なる京都にまつわるエッセーといったところか。 

 そして「五 平安京の副都心」において、話題は南北朝、さらには平安初期の嵯峨天皇にまで遡り、故郷たる嵯峨礼賛、もしも南朝が勝利していたならば嵯峨は副都心となっていたやも知れぬ―と記す。このあたりは判官贔屓から来るのか、洛中人から田舎よばわりされた故郷への愛着を示すものかと思ったが……章末、話が政治的イデオロギーの話題になって少々キナ臭くなる、というかやにわに赤みを帯びてくる。あぁ、そういうことね、と。
 その件を除けば、これも長い歴史を持つ京都という土地ならではの内容として興味深くはある。

 ま、もしも南朝が勝ってたら~、なんて言われたら、こちらだって
「もし徳川家康が江戸ではなく北条氏滅亡後の小田原で幕府を開いてたら、あの辺りが今頃日本の首都になってたね」
なーんてアホなことを言ってみたくもなるもんだがw

 京都の”怖さ”ということでは、以前「怖いこわい京都」の感想でも書いているが、あちらは魑魅魍魎、怨念や妄念、嫉妬から何からドロドロした澱の詰まった、まさに血塗られた魔都としての顔が主に描かれていた。その中で京都人が”よそさん”(非京都人)へ時折放つイケズの、得体の知れない恐ろしさについても触れている。
 今回本書を読んで、自分のような関東の人間……というか”よそさん”には到底理解不可能、理不尽極まりない京都人のイケズというものが、一体何に依って来るものなのか―少しだけわかったような気がする。  

 一章を読んでいて、なかんずく著者の中にある(外縁部への)差別意識を吐露する件で気付いたのは、洛中人による洛外観(優越感や蔑視感)は、実は京都特有のものではなく、日本否世界中―人間が社会を形成して一定の地域に定住する限り―至るところに、そしてこれからも存在し続けるものなんじゃないか、ということ。
 中央から周辺部への優越感、都会から田舎への理由のない蔑視感というものは、日本の一地方、一つの県内、そして世界各国、国家間ですらもあることだろう。具体例はここでは割愛するが、東京都民としてまだ10数年でしかない自分にもそういう意識が全くないかと訊かれたら、自信を持ってYesとは言えない気がするのだ。

 その意味で本書(の一章)は、単なる京都論に留まらず、文化論にまで敷衍できるとも考えられる、というのはホメ過ぎか。 

 昨日発売の「中央公論」 3月号では、新書大賞2016の特集記事が組まれており、著者井上氏のインタビュー他、年間ベスト20等も紹介されている。気になられた方はこちらを一度書店で手に取られてみては(こちらでも10位まで紹介されている)。

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コメント 4

獏

狭いエリアの中でも
上下というか差別的?というか・・・
人の心の不思議さですね☆(^^)
相手を蔑んだり貶めたりして
自分が安心するという心理の
成れの果てのような気もしますが
そんな単純なものではないのでしょうねー☆



by (2016-02-12 07:14) 

るね

>獏さん
人は誰でも他人より優位に立ちたいという生物なのでしょうが、相手の生まれた土地を蔑んだり貶めて自分を上に立たせても、結果的に何の意味もないと思うのですが。
確かに単純なものじゃないのかもしれませんね……せめて自分はそうならぬよう、心して生きていたいと思います。
by るね (2016-02-12 23:59) 

ぼんぼちぼちぼち

あっしも今まで京都府は全部一緒と漠然と思ってやしたが、なるほど~
東京だって、成城と八王子と高円寺と北千住って、まるきり違いやすしね~
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-15 17:29) 

るね

>ぼんぼちさん
東京と言ったら、他府県の人はほぼ山手線圏内、23区内を思い起こすのでしょうが、八王子も「東京」ですよねw
京都も同様、京都市―さらに言うなら洛中だけが「京都」ではないわけですが、歴史というものが関わって来ると、色々ややこしくなるってことなんでしょうか。


by るね (2016-02-15 23:58) 

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