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「深海の使者」 [Book - Public]

 今日は8/15、70回目の終戦記念日。
 日に日に昭和という時代は遠くなりつつあるけれど、あの戦争の記憶というものは、今後も語り継がれていかねばならないものなのだろう。

 今月7日のこと、長崎の五島列島沖の海底で、当時世界最大級だった「伊402」を含む旧日本海軍の潜水艦24隻が海上保安庁の調査によって発見された―との報道があった(終戦の翌年、米軍によって海没処分となったもの)。

 明日(16日)18時からの日本テレビ系「真相報道バンキシャ!」で詳報があるとのこと。

 今年3月には、昭和19年10月のレイテ沖海戦に出撃し、米軍機の猛攻によって轟沈した戦艦「武蔵」が、フィリピン沖の深海で発見されたことが大きな話題を呼んだ。また今月5日には、静岡県の下田沖で特殊潜水艇「海龍」と見られる艦艇が発見されたというニュースもあった。 伊号潜水艦、武蔵、それに海龍……戦後70年を迎えて、時期が来てやっと発見されたということなんだろうか。

 旧日本海軍においては、潜水艦は艦隊決戦の補助兵器として位置づけ重視されていた。知名度ではドイツのUボートに劣り、また戦果が(作戦行動自体が機密性の高いものだけに)あまり語られないことからあまり評価されていないが、実際のところ実力は相当のものだったという。戦後、日本の潜水艦を接収した米軍が綿密に調査した後、これらを全て海没処分にしたのは機密保持―特に当時のソ連に渡さないためだったという話もある。

 そんな日本の潜水艦が戦時中、日本から東南アジア、インド洋から喜望峰を抜けて遠くドイツまで密かに渡っていた―という「遣独潜水艦作戦」(→Wikipedia)の顛末を描いた、吉村昭の戦史長編。 

「深海の使者」吉村昭著(文春文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
太平洋戦争が勃発して間もない昭和17年4月22日未明、一隻の大型潜水艦がひそかにマレー半島のペナンを出港した。3万キロも彼方のドイツをめざして……。大戦中、杜絶した日独両国を結ぶ連絡路を求めて、連合国の封鎖下にあった大西洋に、数次にわたって潜入した日本潜水艦の決死の苦闘を描いた力作長篇! 解説・半藤一利

 恥ずかしながらこの本を読むまで、日独両国間を潜水艦で行き来したなどという史実があったこと自体、全く知らなかった。

 日独伊三国の軍事同盟はあったものの、ほぼ隣国であるドイツとイタリアはともかく、極東にある日本とその2か国とはほぼ途絶状態に近いほどの”距離”があった。無線連絡(それも敵国にほぼ傍受される)を除けば、日本―ドイツ間の連絡としてはソ連領を陸路、あるいは空路で通過する、もしくはインド洋からアフリカ南方を抜けて大西洋に入る海路しかなかった。が、独ソは戦争状態であり、一方の日本は日ソ中立条約を堅持したい立場から、ソ連領を通過することは断念せざるを得ない。そこで選ばれたのが、潜水艦による海路での物資輸送、人員や技術交換だった。 

 と簡単に書いたが、戦時下という極限状況の中、隠密性を保ったまま文字通り息をひそめて1万5千浬(カイリ=約3万キロ)、2カ月余りの航海をすることがどれほどの苦闘なのか。
 実際、日本からの遣独潜水艦は全5回行われているが、無事に帰国したのは第2次のみ。第1次の伊30潜水艦は、復路シンガポールに寄港した際、自軍の機雷に触れて沈没。第4次の伊29も、復路シンガポールに寄港した後、フィリピン沖でアメリカの潜水艦に撃沈されている。第3次(伊34)、第5次(伊52)は、共に往路で撃沈されている……。
 本文ではそれらの各航海の模様と乗組員らの奮闘ぶりが、綿密に、濃厚な筆致で描かれている。

 第4次で遣独された伊29が、反英インド独立の運動家、スバス・チャンドラ・ボースを日本へ運んだ際のことも描かれている(実際はドイツからUボートで出国、インド洋上で伊29に乗り換えている) 。

 この一連の作戦で日本がドイツに期待したのは、レーダーやジェットエンジン、ロケット機、エニグマ暗号機などの最先端の技術情報であり、ドイツもまた日本がもたらすゴムやタングステン、錫などの物資、空母や魚雷等日本が先んじている技術情報を期待した。
 興味深いのは、日本の潜水艦とUボートの違いに触れているところ。
 通商破壊作戦が主であり、行動範囲も比較的狭い上に英国の哨戒機や駆逐艦に発見されないため、小型で隠密性の高い(エンジン音等)構造となっているUボートに対し、太平洋という広い海域で艦隊と共に行動することも多いことから、航続距離が要求されること、静粛性はさほど求められないことで大型化した日本の潜水艦。彼我の戦域の状況と、そこで要求される性能によって、同じ時代の潜水艦といえどもそのような差異が出るということなんだろう。

 日毎に苦しくなる戦局を打開するために、と苦闘しながら日本へ持ち帰ろうとした貴重な情報も、優秀な技術者たちも、そして多くの精鋭たちも、数多の潜水艦と共に海の底へと沈んでいく―。

 戦史小説ではあるが、これは限りなくノンフィクションに近いものなのだろう。とはいえ吉村昭の筆はドライな記録に留まることなく、登場する人物それぞれを時には人間臭く、時には緻密に、それぞれが悲壮ではあるが、確固たる信念の下に”戦っていた”のだと思い知らされる。

 実はこの本、2年前に一度読了していたもの。
 この機会に久しぶりにさらっと再読してみたが、もう一度じっくり、腰を据えて読みたくなった。 

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カドフェス2014のブックカバー [Book - Public]

 国分寺の紀伊國屋書店で、仕事用の文献ついでに角川ホラー文庫を1冊購入。

 会計時に店員さんが「こちらのブックカバーをお渡ししています」と、見本を見せてくれた。
 おぉ、それはそれは。どうやら毎年夏にお馴染みのフェアが始まっていたようで(角川文庫のカドフェス2014はこちら)。 

 8種類の中から選べたので、適当に選んだのがこれ。
 あまり考えずに選んだけれど、「かまわぬ」バージョンでもよかったかしらん。

IMG_20140718_224443.jpg

 

 

 

 

 

 やや厚手の紙製。イラスト部分が少し凹凸になっている。
 買った文庫につけてみたのがこれ↓。

IMG_20140718_224822.jpg

 

 

 

 

 

 書店でつけてくれる紙カバーより若干丈夫そう?というくらいか。
 ま、長持ちするものでも、させるものでもなさそうだが。

 角川文庫のどれを買ってもくれるというわけではないらしく、帯のついたフェア対象の文庫のみとのこと。また、HPを見ると「ブックカバーのデザインはおまかせいただくことをご了承ください」 とあるので、その辺りは書店によりけりなのかも。

 角川文庫には、6月の新刊でもう1,2冊買おうかと思っている本があるので、次ももらえる……かな?

 ただ、このキャンペーン応募用のしおりが挟まれていなかった……むぅ。 

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「納豆に砂糖を入れますか?」 [Book - Public]

 ネットという双方向の媒体を駆使し、日本全国の<食の方言>を調査した「天ぷらにソースをかけますか?」の続編―というよりも、後編というべきか。

◎「納豆に砂糖を入れますか? -ニッポン食文化の境界線-」野瀬泰申著(新潮文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
あなたは納豆に砂糖を入れますか?「メンチカツ」と呼びますか「ミンチカツ」と呼びますか?「突き出し」ですか「お通し」ですか?正月に食べるのは鮭それともブリ?―ネットで集めた膨大な情報分析は、驚きと発見の連続。日本の食の境界線を実際に歩いた「糸魚川―静岡構造線」リポート付き。「NIKKEI NET」に掲載された『天ぷらにソースをかけますか?』に続く、待望の続編!

 '09年に読了し、ブログでも採り上げた「天ぷらにソースを入れますか?」。元々は日本経済新聞のホームページ「NIKKEI NET」で読者との双方向企画として連載された「食べ物 新日本奇行」をまとめたもの(企画は残念ながら'10年3月で終了している)で、本書も「天ぷらに~」に続いてこの連載からのもの。
 とはいえ著者の中では最初から2分冊、前後編での書籍化のつもりだったそうで、つまり本書は「天ぷら~」でのボツを集めたものではないとのことw

 まずタイトルの「納豆に砂糖」が、個人的にはえぇ~~~である(解説を書いた久住昌之氏と全く同じw)。
 私事になるが、父親は山形県北部の出身で、納豆には通常は醤油を入れる。だが時折塩を入れることがあって、父曰く「この方が納豆自体の味がわかる」らしいのだが、納豆には醤油が絶対であり、市販品についてくる納豆のタレすら使わない自分にとって塩納豆は食欲が丸きりわいてこない。
 考えようによっては醤油も塩も"しょっぱい味"では共通しており、その点では「納豆に塩」もわからないでもない。だが砂糖となると味も想像もつかないし、試してみる気にもならない……しかし、ある地域の人たちの”納豆に砂糖を入れる”という食慣習について、本文で示された合理的な理由には「なるほど」と納得させられる。

 さらに「すき焼きに入れるこんにゃくは『しらたき』か『糸こん』か」で、両者の区別(実のところ、それも現在では曖昧になりつつあるようで)を初めて知り、「せんべいは米粉か小麦粉か」「煎餅つったら米菓でしょうに」という思い込みが、実は食の方言であったことに気付かされ、「メンチカツorミンチカツ?」では一転、両者の分布の根拠が提示されぬことにモヤモヤし、「飴について」では”飴ちゃん”という言葉が単なる幼児向けの言葉でないことを知る……等々の10章のテーマで、今回も日本全国の食の多様性というものを―身近な料理や食材をテーマにすることで、窺い知ることができる。
 前編である?「天ぷらに~」と比べ「二者が東西ではっきりと分かれる」というネタよりも、ある地帯が突出して変わっているというネタが増えたような。これも著者が意図して振り分けたものなのだろうか。

 終章の第11章では「糸魚川―静岡構造線を行く」と題し、新潟県長岡市から隣の富山市までの日本海沿い、さらにフォッサマグナに沿って南下しながら長野県内、山梨県を経て静岡県富士宮市まで18日間で移動しながら、カツ丼はソースかつ丼か煮カツ丼(卵とじ)か、薬味のネギは青か白か、馬肉食や虫食の分布などなど、食の境界線の東西南北を確認していく。前編では東海道を辿りながら東西の食文化の境界を確認していたが、今回はそれにも優る労作であり、興味深く面白いレポートになっている。

 地域特有の食文化や食の慣習というものは、その土地の気候風土、歴史と深く根付いていて、交通の便や食品保存技術が進歩しても残り続けるのだなぁ、と……とはいえ、家族形態、(特に)地方農村部の生活圏の変化、それに流通や小売業態の大手集約等々などで、そういったものも今後徐々に変わったり、消えていってしまう運命なのかもしれないが。

 せめて、日本の食文化が持つ多様性という豊かさは、失われて欲しくないと思う。 

 元ネタの連載である「食べ物 新日本奇行」は上記の通り終了しているが、著者である野瀬泰申氏がそれに代わって手掛けている連載企画が「列島あちこち B級グルメ」
「B級グルメ」なんてやや手垢のついたテーマじゃないかしらん、とは思うが、そこは著者のこと、単なる地域振興策の片棒を担ぐものでなく、旧企画同様に、日本の食の多様性という豊かさを再発見するようなものになっている……ようではある。
 

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「嘘だらけの日中近現代史」 [Book - Public]

中国は近代国家ではない」と喝破する著者による、"学校では決して教えない"中国史、そして日中関係を中心とした近現代史。

「嘘だらけの日中近現代史」倉山満著(扶桑社新書刊)

◆内容紹介(表紙帯から)
■日本の中国研究者が書けないタブーを書く!
■そもそも中国は近代国家ではありません。近代国家の尺度で中国を判断するから見誤るのです。「裏切り男」孫文のインチキ革命や、「マフィア兼盗賊」が出自の中国共産党など、嘘にまみれた中国の正体を明かしましょう。
■これほど中国をこき下ろした本があっただろうか?
■嘘つきチャイニーズによるプロパガンダの手口をバラす!

 著者はまえがきで「そもそも中国に『近代』はない。あるのは独裁の古代と殺戮の中世だけ」と言い切り、中国史のパターンを以下のように簡略化している。

一、新王朝の成立
二、功臣の粛清
三、対外侵略戦争
四、漢字の一斉改変と改竄歴史書の作成
五、閨閥、宦官、官僚など皇帝側近の跳梁
六、秘密結社の乱立と農民反乱の全国化
七、地方軍閥の中央侵入
八、一、に戻る

 時折逆行したり順番を飛ばすことはあるものの、基本的にはこのパターンを数千年来繰り返しているのが中国史であり、秦の始皇帝も漢の劉邦も、そして毛沢東も同じだという。著者の手にかかっては、日本人にも人気の高い孔子や諸葛孔明、孫文すらもけちょんけちょんに貶されてしまうw

 以下、各項でまず「通説」を紹介し、その嘘やプロパガンダを炙り出しながら、日本人には理解し難い中国人のメンタリティ―人を騙すのは普通のこと、生き延びるための嘘も当たり前、正義や良心の呵責、真実などク※の役にも立たない―を、そして現代の中国も未だ近代以前の混沌とした権力闘争の中にあり、これ即ち「中国に近代はない」の意である……と主張する。

 二章以降、本書の主題でもある「日中(を中心とした)近現代史」の解説が始まる。中国は明→清へ、欧米帝国主義の中国進出、そこへ明治維新を迎えた日本が登場……ここから紙数を割いて、1945年の大東亜戦争終結、そして1949年の中華人民共和国建国までの複雑な日中史が語られていく。そこに見えてくるのは中国側の狡猾かつ権謀術数に満ちた態度と、日本側の度の過ぎたお人好しと事勿れ主義、情報リテラシーの欠如が招く失敗ばかり。

「第七章 中国の悪あがき」では、戦後の日本政治史における親中派と親米派の、現在にまで続く暗闘が描かれる。この辺りは―見方は立場によって異なるだろうが―かなりわかりやすく書いてくれているので、なかなか参考になる。

 歴史認識というものは立ち位置によって変わるものであるから、これだけが真実であるとは言い切れないものなのだろうが、これまで―ともすると批判が許されない雰囲気にあった中国という国の、厚化粧を剥いだ素顔を見据え、その手前勝手な言い分にきっちり反駁しようとする―ものではあると思う。

 できれば大学受験の前にこれを読んでみたかったかも……w 

 ところで、つい先日「全体主義国家がオリンピックを開催すると、9年後に(もしくは10年前後で)その国は崩壊する」というジンクスがあるという話を某所で目にした。検索してみるとそのネタ、けっこう有名な話のようで。下はこの話題に触れたブログ記事の一つ。

 例えば、

  • ナチス政権下のドイツがベルリン五輪(前畑秀子が競泳で日本女子初の金メダルを獲得したのはこの大会)を開催したのが1936年→1945年、WWⅡ敗戦とともにナチス・ドイツは消滅
  • 旧ソ連(ソビエト連邦)がモスクワ五輪を開催したのが1980年(日本はアメリカ他西側諸国と共に不参加)→1989年のベルリンの壁崩壊、90年には共産党一党独裁の終焉、そして91年にソ連邦自体が解体

 実際のところこのジンクスに該当するのはこの2例だけなので、信憑性も何もない都市伝説レベルに過ぎないのだが、これに倣うならば、共産党一党独裁の全体主義国家であり、'08年にオリンピックを開催した中国の命脈もあと4、5年ということになるのか……も?

 数字の上では世界第2位の経済大国となった中国だが、その経済崩壊も実はそう遠くないと言われている昨今、何かあれば日本も近隣国として影響を蒙ることは免れないだろう。その時、日本は相手の厄介な正体を見据えて正しく対処できるのか。

 日本人のお人好しは美徳なのかもしれないが、それにつけ込み悪用して来るような輩が相手では、自分の身を亡ぼす愚かな行為でしかないだろう。

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「死刑執行人サンソン -国王ルイ十六世の首を刎ねた男」 [Book - Public]

 中世から近代への移行期の只中であった17世紀末のフランス。パリの死刑執行人(ムッシュ・ド・パリ)、サンソン家の四代目当主であるシャルル-アンリ・サンソンの姿を通じて描く、革命前後のフランスの側面史。

「死刑執行人サンソン -国王ルイ十六世の首を刎ねた男」 安達正勝著(集英社新書刊)

◆内容紹介(表紙見返しより)
 敬虔なカトリック教徒であり、国王を崇敬し、王妃を敬愛していたシャルル‐アンリ・サンソン。彼は、代々にわたってパリの死刑執行人を務めたサンソン家四代目の当主であった。そして、サンソンが歴史に名を残すことになったのは、他ならぬその国王と王妃を処刑したことによってだった。
 本書は、差別と闘いながらも、処刑において人道的配慮を心がけ、死刑の是非を自問しつつ、フランス革命という世界史的激動の時代を生きた男の数奇な生涯を描くものであり、当時の処刑の実際からギロチンの発明まで、驚くべきエピソードの連続は、まさにフランス革命の裏面史といえる。

 この新書、初版の刊行は’03年12月となので、ほぼ10年前に出たもの。自分が購入したのが今年6月の第八刷だから、新書としてはそれなりに数が出ているものなのかも。帯に描かれた人気漫画のキャラクターと、「このキャラのモデルが"サンソン"である」という漫画家自身のコメントも、この本の隠れた?人気に一役買ってはいるようだが。

 閑話休題。

 本書を手に取ったのは、週刊ヤングジャンプに連載中の「イノサン」をふと立ち読みしたことがきっかけ。

 コミックスもまだ1巻しか出てないので物語はまだ序盤のようだが、主人公"シャルル=アンリ・サンソン"がどういう人物なのか気になって調べてみたところ、このマンガの原案となっている本書の存在を知った、というところ。この人物の概要についてはこちら ↓ を参照されたし。

「罪人の処刑」という、国から課せられた最も重く厳しい役目を担いながら、社会からは蔑まれ不当な扱い(住居、結婚、教育、職業選択等々)を受け、しかしその一方で経済的には当時の貴族レベル―という死刑執行人の家系、サンソン家。
 サンソン家がなぜ死刑執行人という"呪われた家系"となるに至ったのか、まずは初代サンソン(シャルル-アンリの3代前)が処刑人となるに至ったエピソードから、本書は幕を開ける。

 シャルル-アンリもまた父親の後を継いでムッシュ・ド・パリとなる。本来、死刑執行人はAnonyousであるように、彼もまた無名の人間として歴史の中に埋もれるはずだったが、フランス、否欧州や北米までも駆け抜けた革命の嵐と、一つの機械が彼を歴史の表舞台に引っ張り出したのだった。
 それがフランス革命と国王ルイ16世、王妃マリー・アントワネットの処刑と、それに用いられた断頭台「ギロチン」である。
 

 ギロチン登場以前のフランスでの処刑方法は、(凶悪犯に対する残虐刑は別として)貴族は(刀による)斬首、一般市民は絞首刑が標準的なものだった。1789年8月に採択された人権宣言にある≪法の下の平等≫に基づき、「同一の犯罪においては身分の如何に問わず同一の処刑方法であるべき」という議論が起こり、それがギロチン登場へとつながっていく。そのあたりを、本文では論理の筋道を簡略した形で

刑罰は平等でなければならない
→野蛮で暗黒な時代とは違って、人権が重んじられるこれからの新しい時代には、処刑方法は人道的なものでなければならない
→首を切断するのが、もっとも苦痛少なくして迅速に死に至らしめる人道的な処刑方法である
→しかし剣による斬首に失敗はつきもので、一太刀で首を刎ねないと死刑囚はもがき苦しむことになる
→ゆえに、機械で確実に首を切断せねばならない
→ギロチンが考案される

と示している。

 実際のところ、ギロチンの名の元となった医師ジョゼフ・ギヨタンは議会で「人道的な処刑方法の導入」を主張し、当時既にイギリスやドイツ等で使われていた断頭台の導入を提唱したまでであり、後にギロチン(Guillotine―ギヨタンの子の意)と呼ばれるフランス式の断頭台の開発には関わっていない。開発にはシャルル-アンリと、ルイ16世の侍医で科学者でもあったアントワーヌ・ルイ博士が携わっている。また、宮殿で内輪で行われた処刑機械の検討会にルイ16世がお忍びで出席し、刃の形状について的を射た意見を述べたという件が登場する(これは説話であり史実でないという意見もある)

 筆者の口ぶりはルイ16世にやや肩入れ気味というか、「趣味にうつつを抜かし、浪費家の王妃を野放しにし、革命に適応できずむざむざ首を落とされた暗君」という従来のイメージを覆したいようで、ギロチンの刃の角度について指摘した件を始めとした聡明な点、王妃一人を愛した愛妻家の顔などを描き出す(実際、彼は国民のよき理解者であろうとした啓蒙専制君主、ルイ14、15世の放漫経営が招いた財政難を建て直そうとする政策に積極的であった模様)。それ故、国王を崇敬していたサンソンの個人的感情と相まって、平穏な時代ならそれなりによき君主として人生を全うできたであろうルイ16世の悲劇性、その首を刎ねねばならぬサンソン……運命の皮肉というものを感じてしまう。

 そう、本書はフランス革命という激流に翻弄された人々の"運命の皮肉"というものが、裏テーマになっているのではないかと思えてくる。
「苦痛の少ない人道的な処刑方法」として開発されたギロチンが、その容易さ故に―特に革命後半―膨大な数の人間の首を落としたこと(シャルル-アンリ自身、恐怖政治の約1年半の間に二七百数十名の処刑を行っていた)、ルイ16世の例をはじめ、自身の名が処刑機械に付けられたことで改名せざるを得なかったギヨタン医師(彼がギロチンで処刑されたというのは都市伝説で、彼自身は病死)、さらには革命後半に恐怖政治を司り、多くの人をギロチン送りにしたロベスピエールとマラーが、革命初期に死刑廃止を訴えていたこと(その法案は否決された)等々……。

 それ故に、過酷な宿命を受け入れつつも常に"人間として"誠実であろうとし、自らの死を覚悟の上で亡き国王を弔うミサに参列し、死刑制度の廃止そのものを願ったシャルル-アンリ・サンソンの姿は―描写がやや情緒的に流れがちではあるものの―胸を衝くものがある。 
 現代日本における死刑制度については「存続すべき」という立場の自分だが、法の審判の下に刑が執行されるとはいえ、その最後のボタンを押すのも同じ人であるということを考えると、重い現実なのだと改めて思う。

 

 ちなみに、現在ヤングジャンプ誌連載中の「イノサン」では、フランス刑罰史上最後の八つ裂き刑が執行されるエピソードが描かれている。

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